研究内容

summary 早水研究室では生体分子と無機物である固体とで形成される界面を研究しています。これは、生物の世界とエレクトロニクスの世界を繋ぐ界面の研究です。この研究は、将来の新しいバイオセンサ開発の基礎となります。
生体分子には、小さいタンパク質であるペプチドを利用して、その無機固体表面での自己組織化を研究しています。これまで、グラフェンに代表される2次元ナノ材料の表面で自己組織化するペプチドの開発を行ってきました。グラフェン(単層の黒鉛)や二硫化モリブデンは、その特異な電子物性からペプチドと固体表面の電子的な相互作用を観測する最適な材料として、これまで重点的に研究を行ってきました。

ペプチドの自己組織化

上の図に示すように、特別なアミノ酸配列を有するペプチドは、その水溶液をグラフェンに滴下するだけで、自発的に規則正しい自己組織化構造を形成します。左の図は原子間力顕微鏡で観測したシリコン基板上の単層グラフェンの表面にペプチドがナノワイヤ構造に自己組織化した様子を示します。ナノワイヤの高さは僅か1.5nmです。ナノワイヤは60度の角度をもってお互いが規則正しい方向に並んでいます。これはグラフェンの炭素原子の構造が六方対称性を持っていることに起因すると考えられます。すなわち、左図に示すように、ペプチドは溶液中から表面に吸着(Binding)し、表面を拡散(Diffusion)した後、お互いがナノワイヤ構造へと整列する過程で、下地の炭素原子の並び方に沿って、規則正しい方向へ整列していることを示します。研究の結果、ペプチドのアミノ酸の中にはチロシンという芳香族のアミノ酸が含まれていて、グラフェンのπ電子と特異的に相互作用していることが示唆されました。このように、ペプチドのアミノ酸配列をデザインすることによって、任意の方向に規則的に並ぶペプチドを開発することも可能になるかもしれません。

ペプチドによる2次元ナノ材料の電気特性の変化

ペプチドは、ただ並ぶだけではありません。上の図に示すように、グラフェンのトランジスタの電子伝導特性を特異的に変化させることが実験の結果わかりました。ペプチド・ナノワイヤは、その真下のグラフェンから電子を抜き取り、グラフェンの電子特性を部分的に変調させます。これはペプチドがグラフェン中に、空間的に電子濃度の異なる部分を、まるでナノワイヤの模様を転写するかのように、形成していることになります。ペプチドが自発的に形成するナノ構造によって、表面に吸着した均一なナノ薄膜を作るだけでなく、その下のグラフェンの電子特性も制御することから、これらの技術はグラフェンをバイオセンサとして使用する際に、グラフェンの電子特性を損なうことなく、グラフェンを生体分子によって機能化することに応用することができます。
Y. Hayamizu et.al., Scientific Reports volume6, Article number: 33778 (2016)

絹糸タンパク質から学ぶ自己組織化ペプチド

silk like peptide

2次元材料上で規則正しく整列したペプチドは、その高い生体適合性と高い構造均一性のため、分子足場として使用できます。ここで、自己組織化ペプチドをバイオセンサーに使用する際の課題の1つは、その構造安定性です。分子足場は、標的生体分子を捕捉するバイオプローブが表面に安定して固定されるように、その構造自体が安定している必要があります。しかしながら、これまでに報告されている自己組織化ペプチドは、電解質溶液の下で規則正しい構造を維持しないものが多く、また多くのペプチドではその安定性が評価されていません。この問題を克服するために、2次元ナノ材料上に規則正しい構造を形成し、バイオセンシング環境下で自己組織化構造を保持することができる新たなペプチドを確立しました。これらのペプチドは、天然の絹糸タンパク質(フィブロイン)のアミノ酸配列を模倣することにより、グリシンとアラニンの繰り返し配列を持っています。これらのペプチドは、グラフェンとMoS2の表面できれいに秩序立った構造を自発的に形成し、電気化学的電圧をかけた場合でも、また水または電解質溶液の下でも、高い構造安定性を持つことが明らかになりました。
P. Li, K. Sakuma, S. Tsuchiya, L. Sun, and Y. Hayamizu, ACS Applied Materials & Interfaces 2019 11 (23), 20670-20677

研究テーマ

早水研究室では現在以下のテーマについて研究を進めています。

(1)ペプチドの自己組織化機構の理解

原子間力顕微鏡や蛍光顕微鏡などの顕微技術を使用して、ペプチドの自己組織化を観測し、そのメカニズムについて研究します。

(2)新規ペプチドのデザインによる自己組織化の制御

天然のタンパク質にみられる有用なアミノ酸配列を利用して、新しいペプチドをデザインします。デザインしたペプチドは化学合成で実際に作製し、自己組織化の能力を検証します。

(3)固体・液体界面における2次元ナノ材料と生体分子の電子相互作用の理解

2次元ナノ材料に水溶液を滴下し、その界面においてペプチドなどの生体分子が、2次元ナノ材料に与える電気z的な影響を、電気測定や光学測定を用いて調査します。電気化学的な知識を必要とします。

(4)生物と2次元ナノ材料の電子的相互作用を可能にする界面の実現

モデルなる細胞などを用いて、2次元ナノナノ材料表面において培養を行います。生体信号をいかに2次元ナノ材料に伝達させるか、界面の設計によってその実現を目指します。

(5)バイオセンサーの開発

研究を進めた様々な自己組織化ペプチドを用いて2次元ナノ材料表面を修飾し、電気的光学的に検出を可能とするバイオセンサを開発します。


(6)ペプチドによる液液相分離の研究

生体分子の液液相分離は細胞内でとても重要な役割を担っていることがわかってきています。一方で、その液液相分離によって病気が引き起こされていることも新たな研究でわかってきているのです。モデルとなるペプチドを使用して、どのようなペプチドと他の生体分子の相互作用によって病気の原因となる液液相分離が引き起こされるのかを研究します。

上記以外の研究も行っています。大学院生や研究員として早水研究室にご参加の興味がある方は、早水までご連絡ください。